アルボムッレ・スマナサーラ氏の無常の見方

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無常の見方

以前、スマナサーラ氏x養老毅氏の対談会を
聞きにいったことありますが、ストレートな言い方を
する方との印象。この本もストレートな物言いの
文章が多々あります。そしてすこしキツイと感じました。
しかし、無常という事をズバッと教えてくれているのだとも感じます。

キツイと感じるのは私が感情的で、スマナサーラ氏の
仏教の教えが科学的な観点からだと思います。

では本からの引用です。

ブッダはあなたの幸せを願ったのです。

仏教は理解し、実践するものです。信仰は不要です。
仏教には「世界を支配する神」も「永遠不変の魂」
もありません。その意味で、仏教は宗教ではないのです。
仏教は、まさに「仏陀の教え」なのです。

生きるってなんなのか? 仕事をすること、家事をすること、
そんなものでしょう。洗濯、掃除、買い物、料理、そんな
ものでしょう。

本当に生きるという行為は、みなさんそれぞれですが、
やることって似ていて限られているのだと思います。

「変わる」から悩む

景気が悪くなると悩む
病気になると悩む
好きな人に振られると悩む

「変わらない」から悩む


景気がよくならないから悩む
サプリメントを摂取しているのに、若返りしないと悩む。
好きな人に嫌われていると悩む

問題は「見方」にあるのです。
このことを発見していないから、人は苦しむのです。

よくよく自分の思考をしっかり観察していないと、身勝手な
思考に落ちて、苦しむのだと思います。


「全治全能」という言葉は、「聖書」からの拝借です。
聖書の神は、「私は全治全能だ」とのたまうのですね。

ストレートにキリスト教批判。

ブッダは、「生命は基本的に無知だ」「無明だ」と
説くのです。「人間は真理に気づかない」と。

人間は「自分が思っていること」を断じて譲りません。
自分の考えは絶対正しいと思っているのです。

今までの、そして今でも宗教的な争い、領土の争いなど、争い事は
全て自国が正しいとそれぞれの立場で主張するからおきるのですよね。

世間の無常は、変化に対する主観、感情です。変化を
客観的に観察するものではありません。
嫌な状況なら、変わることを期待する。良い状況に変わると喜ぶ。
良い状況なら、変化させまいと踏ん張る。嫌な状況に変わると悲しむ。
誰もが主観的で、感情的で、自分勝手なのです。

死を認めれば幸福になる。

アルボムッレ・スマナサーラ氏, 養老孟司氏の希望のしくみ

アルボムッレ スマナサーラ 氏のこころを清らかにする言葉

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