祈る事と感謝する事について

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ここ数日、ずっと祈る事と感謝する事について、考えています。

1.祈るとかお願いする対象者は誰だろう?教会には暫く
行ってませんが、 お寺や神社にはたまに行きます。
台北に住んだ時、龍山寺や行天宮にも 休日の度にいきましたが、
祈りやお願いをする人達は日本の普段の情景よりも 多かったし、
なにかエネルギーを感じました。

2.仮に、神や仏などの存在が居るとしたなら世界の約70億の
人の祈りや願いをどう 捉えてどう処理するのだろう? 
例えば学校に合格したいという願いは、 自身にとっては切実、
でも自分が合格することは他人が落ちるということ。
商売繁盛や心願成就も同じかもしれません。
自分の幸福=他人の不幸の関係性が成り立ちます。

3.祈るとかお願いする態度や姿勢、心の在り方ってどういうのが
適正なのだろう? 最近は、祈るとかお願いは、欲の塊の強欲すぎ
て、神や仏などはどう思うのだろうか? と思っちゃいます。
欲(祈るとかお願いする)は、発展性を生み出しながら、
いわゆる 煩悩を生み出すのだと思います。

4.最近は、祈るとかお願いする行為について、事案別に使い分けた
方が良いと 考えます。自分だけの目標の達成の為の祈りやお願い
は強欲すぎるとも言えると思いますが、 自身の健康や第三者へ
の祈りやお願いは、行為としては素晴らしいと思います

5.人間は欲と同時に煩悩を生み出す存在なのかもしれませんね
絵馬になんて書こうかと考えた場合、目の前の事象に感謝した方が良いの
という結論(仮定)にいたりました。2013年の自分の姿勢という
ことで。
どっかに掛けてこよう!

BBIKhn6CMAAdhu5

祈ったり願いをお願いするのではなく、まずは感謝の絵馬

本文」

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