竹内一郎氏のツキの波

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ツキの波

演出家でもある竹内一郎氏(さい・ふうめい)が
書いた阿佐田哲也氏(色川武大)という雀士の語録集に、
竹内一郎氏(さい・ふうめい)の意見を述べている本
です。

麻雀は高校・大学で合計10回ほどしかやっていないので、
ルールは完璧に覚えていません。ずっと座っているのが
苦手だし、同じ面子と長い時間過ごすのも話題が尽きる
ので、向いていないのだと思います。

この本を読んだのは、勝負師である雀士がツキをどう捉えて
いたのか知りたかったからです。

では本からの引用です。(阿佐田哲也氏の言葉)

運の総量は一定である

屈託がなく昇りつめる人はおれやすい(力道山の死を予測)

「素ッ堅気だろうと渡世人だろうと、この世には、ただ
儲けってものはねえ。一膳の飯でも、銭出すか、誇りを
捨てるか、大切な皿を売るか、何かしなくちゃあ手にする
ことはできない。早い話が、一日生きたために、命が
それだけする減っている」

幸運も不運も一生ではない。

一人一人をじっくり眺めていくと、一生幸運だけの人も
居ない。不運だけの人も居ない



ばくちのワザのコツは出る引くを不徹底にしないことだ。
勝てると思うときは徹底して出る。勝てないと思えるときは、
絶対に出ない

一日二十四時間を4で割って、5時間ないし6時間、
これがツキの一サイクルのような気がする。
むろんこれは基本であって、実際は、自分の不手際
で、或いは相手の不手際や恵まれで、変動が早く来たり、
伸びたり、甚だしいときには、変動期の処理如何で
もう一サイクル同じ状態が続いてしまったり、と
いうことすらあるが、とにかく、5、6時間を
一単位として変動期が来るように思える。

もともと人間が考える理というものと無関係に、
自然は自然界の理によって動いているので、人間の
考える理は必死でその後を追いかけているだけだ

誰でもすぐ納得するようなことを買いたって
しようがない。そんなことはたいがい、なんらかの
意味で不正確だ。

人生の万象(さまざまな形)はいずれも、ちょいと
むずかしい。なぜなら、真実というものはすべて、
二律背反(相反する二面)の濃い塊りになっているからだ

矛盾しているようですが、どこにも固定せず、
お化けのように曖昧に生きることが、
天与の才に恵まれない者の生を定着させうる
唯一の手段だというふうに思えてなりません

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