終戦記念日と祈る事について

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終戦記念日、戦争をどう捉えるかにもよると 思いますが、たとえば、

日清戦争、日露戦争、 関ヶ原の戦い、応仁の乱などの終戦記念日に

黙祷する人はいるのでしょうか? と ちょっと考えてみました。

今、実家に電話した。12日-13日に家族や親戚が集まったらしい。

私は福岡出張だったと母に説明した。 何を優先順位に置くかの問題だと

思いますが、私は仕事と自分の 興味のこと。だめだめ長男ですねw

明日はオクリボンと母から言われた。 今日か明日は実家にいかないとねぇ

姉にも電話した。今日と明日は忙しいよう。姉よりも 姪や甥に会いた

かったのですが、学業で忙しいよう。(泣)

私も含めて人って過去を引きずって生きている存在かもしれない。 今は

お盆の時期なのでお墓参りが盛んですが、こういう行為、 時間の使い方、

費用はどうなのか?を考えちゃいます。 なぜ、お墓参りをするのか?を

自分なりに考えた方がいいかも。

両親とは、お墓参りや仏壇をつくってお線香をあげる行為は 今を生き

ている氏孫としての自分の満足から派生する行為だと相互理解がありま

す。黙祷とか祈る行為は、個人の様々な事も

ありますので、人それぞれですよね。

今考えているのは、私の祖先でもある徳之島のお墓を東京へ 移すこと。

自分の土地内ですし、徳之島のお墓は海が見える場所なので、 私が死ん

だらそこへと思った時期もありますが、 今は都内の方が交通の便を考え

てもいいかも。 でも、高いのでなかなか実現してませーん(泣)

母を何度か国内や海外旅行へ連れていきましたが、 いつも気にするのは

仏壇のこと。なんで?と聞くと 仏様へも毎日お水やお供え物を上げなけ

ればいけない、 という考え方です。仏様や魂という概念にもよりますが、

もしそういう存在があったとしても、もっと自由な存在だと 考えます。

お盆に帰省する行動として2つの側面があるのかーも。 1.いわゆる魂的

な存在を尊重して祈祷する行為 2.いわゆる家族とか親戚が集まる事に重き

をおく行為 どうでしょうか?

今日は実家に行けないと母に電話したら、ちょっとムッと した感じで、・・・

でした。明日の夜でいい?と聞いたら あしたはオクリボンなので、

夜だと遅いと言われた。 先祖は早く帰りたいのだとも言ってた。風習と理屈って

合わない事もありますが、ダメダメ息子だなぁー

供養という概念がありますが、魂みたいなものが 本当に存在している

のであれば、祖先は私をどう 見てるんだろう? 月1回くらいしか、

お供え物 を持って実家にしか帰られないし。でも、母は 毎日私の無事

を先祖に言っている。ありがたき母。

家庭を守るという言葉がありますが、母は3度の食事を ほとんど毎日

用意しているし、先祖の仏壇へお供え物を して祈ってる。こういう行為

が家庭を守る、と言うのか もと、ちょっと考えました

先祖が悲しがっているとか、 恨むという話をききます。霊感商法?本当に

そうなのか?私を起点にしたら、可愛い甥や姪に恨むことは全くなくて、

保護してサポートして可愛がりたいと思うのです。そう考えている ので、

悲しいとかうらめしいという感情は自分で解決してください と思っちゃう。

先祖は先輩なので、氏孫になる私にはなんともできない存在。 先輩なので、

私たち氏孫が幸せになるように教育とか指導とか サポートしてください、

とも思っちゃう。 最近、60歳代の人とも多く話すのですが、先輩風を

吹かす とか、依存するとかの態度は、後輩や氏孫から尊重されない

と思いますね。

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